企業のグローバル化に伴うヒトの問題では、①直接対話と電子メール両方を適宜用いることによる相互理解の促進、②価値観の多様性の尊重、③共存共栄を図る人道的行為の尊重等に留意すべきであり、その基盤となるのが「ヒューマンワーク」である。これは、損得勘定や利害関係に囚われず、人間性への共感を最も重視する概念である(「前編」参照)。
「フットワーク」(肉体労働)や「ヘッドワーク」(頭脳労働)の段階では、各民族の特性やDNAレベルの差異が際立つため、グローバルな共通基準たり得るものは見出しにくかった。
ところが、「ハートワーク」では人間としての「真・善・美」や「良心・善意・連帯心」が重要になるため、民族間の違いは比較的小さくなってくる。ただ、「良心・善意」のあり方は民族によって尺度の違いが大きいし、また、余りに繊細すぎる表現や技巧的手法は普遍性を失い、民族や文化が異なる相手には通じない。
この点、「ヒューマンワーク」では、人間らしさそのものが問われる。大きな困難に直面しても肉体と知力の限界まで頑張る姿こそが、あらゆる垣根を超えて胸を打つ。そして、真摯でピュアな仕事ぶりが、普遍的な価値観のもと評価され、顧客獲得にもつながる。全ての違いを乗り越えて共有できる概念をいかに組織の中に定着させ得るかが、企業がグローバルに発展するためのカギなのであり、そのための大きなヒントが「ヒューマンワーク」なのである。
ところで、企業の労務管理が重要とされるのは、職場は成長の場であり仕事は人格形成に資するという意識を労働者自身が持っているからであろう。労務担当者が、ひたむきに生き業務に勤しむ人々に報いる企業でありたいと真剣に願って努力するとき、その労務管理はヒューマニティ(仁愛)に裏打ちされたものとなり、働く者のロイヤルティや労働生産性にも好影響を及ぼす。
それゆえ、企業の人事考課の面においても、これからは「ヒューマンワーク」を評価する視点が必須となるであろう。
査定の結果の数字で、しばしば落ち着きが悪いことがある。それは、評価とは本来、全人格的に360度の意識でなされるべきであるにも拘わらず、各企業で一般に行われている人事評価は、数値化しやすい項目のみ取り上げ、客観性を担保しているようにみせているからである。
こうした方法では、数値化が困難な「ヒューマンワーク」等の領域の業績は勘案されにくいため結果の妥当性は得られず、働く者の意欲は向上しない。今後は、経営者の打ち立てた明確なミッションのもと、全人間性をかけてなされた働きを正当に評価して報酬に反映させなければならない。実際の現場では、無意識的にせよ、「ヒューマンワーク」は調整給の根拠のひとつとされているだろう。
「一生懸命は万策に勝る」とは、株式会社コーセー執行役員荒金久美氏が、大学の後輩に向けて語られた言葉であるが、企業の評価制度は、一生懸命に仕事に取り組む姿勢とその成果を、最も重要な評価対象としなければならないのである。
「ヒューマンワーク」は時間労働の枠に収まらない概念でもあり、これを実践している人は、雇用契約で働いていても自ずとクライアントや相手の満足を旨とする請負労働的な思考・働き方をする。仕事に携わる時間の長さのみをもって長時間労働の弊害を説くことは愚かである。粉骨砕身の働き方をしてこそ初めて自己実現を果たすことは紛れもない事実であり、それを規制しては本人の成長を阻害する。立法論として、将来的には残業時間のとらえ方自体も根本的に変える必要があるだろう。
ただ、「ヒューマンワーク」を極められないことに挫折し、落伍や淘汰の恐怖に襲われ、精神疾患に陥る人がいることも忘れてはならない。働く者が自己保健義務の一環として自らの健康に留意し、使用者もこれに配慮することは重要なことである。
今のような先行き不透明な経済状況では、人も企業も差別化が求められる。「ヒューマンワーク」の概念は、不況の時代にこそ、確固たる評価基準として機能すると言える。
(労働新聞社「労働新聞」10年2月22日号・3月29日号掲載分の要約・修正) |