1 序
小職が弁護士となった平成6年4月より、現在までで16年以上が経ちました。その間の世情の変化の甚だしさは、人事・労務の領域においても、例外ではありません。中でも、企業内におけるメンタルヘルスの問題は、大幅に重要度を増してきており、昨今、この問題への対処の良否が、企業の行く末を大きく左右する状態となっています。
2 数字で見るメンタルヘルス問題
厚生労働省「患者調査」によると、うつ病患者はこの10年間増え続けており、平成21年12月発表の調査では、うつ病患者約70万人を含む気分障害の患者が、100万人を超えたといいます。
全国の労災認定の全体数を見てみますと、平成10年度では、以下のとおりの構成でした。
全体… 8811件
うち精神障害等… 4件(全体比約0.045%)
一方、平成20年度の構成は、以下の通りです。
全体… 10,148件
うち精神障害等…269件(全体比約2.65%)
つまり、この間、精神疾病は、業務上の疾病に限っても、絶対数で約67倍になっただけでなく、全体比においても、0.045%より2.65%へと50倍以上も増加しているわけです。
加えて、精神疾病は業務が原因のものだけではなく、むしろ、私傷病が原因のものが遙かに多いことは、以下の通りです。
【平成二〇 年度における労災申請】
精神障害等の労災申請… 927件
同 認定… 269件(全体比約29%)
つまり、労災申請を行うような疾病においてすら、精神疾病の約七割強は私傷病によるものであり、労災申請を行っていない分を考えれば、実は精神疾病の大部分は、私傷病によるということがいえるのです。
3 業務上傷病(疾病)の場合と私傷病(疾病)の場合とに
おける対応の区別の必要性
メンタルヘルスに限られませんが、業務上の傷病と私傷病とでは、対応に区別を要します。
業務上傷病の場合には、まず労働災害の問題となりますし、当該労働者が疾病に至ったことにつき使用者側に安全配慮義務が認められれば、使用者は当該労働者に対して労働契約上の安全配慮義務違反による債務不履行責任(損害賠償)を負わねばなりません。
一方、当該疾病が私傷病の場合には、上述のような労働災害、損害賠償の問題は起きませんが、労働能力に障害(多くの場合、喪失)が生じたとしても、殊に当該労働者が正社員の場合、直ちに解雇に処すことは困難で、休職制度の適用(休職命令の可否及び休職からの復帰の要否について)が問題となることとなります。
4 企業内の上級者の姿勢の重要性
メンタルヘルスへの最善の対策は、当然ながら、精神疾病の発症を少しでも減少せしめることにあります。
これについては、既に、ホームページ等で閲覧可能な厚生労働省の指針など、巷間で多々論じられてもいるところです。その前提で小職の感想を一つ挙げれば、ことメンタルに関して言えば、身体についてよりも遙かに個人差が大きく、同じような環境下でも平然としている者もあれば、短期で疾患に及ぶ者もあります。
従って、企業としては一律的な対応が難しく、上長による部下個々人への配慮、観察が必要になります。これは、非管理職のみならず、管理職を統括する上級管理職による配慮、観察が肝要となります。ただ、「上から」の配慮、観察だけでは限界があるのが実務上の現実です。
以上に鑑みますと、「下から」上に対し、辛いときには率直に、自らの窮状を訴えることのできるシステム作りと、何よりも、所謂、職場における風通しを良好にする、といった工夫が必須になってきます。
そのためにも、「上」であればある程、「下から」如何に忌憚のない意見、感想を引き出す姿勢を持てるかということが、最後には、企業のメンタルヘルス対策の実効性を左右するものと思われます。
(髙井・岡芹法律事務所発行・事務所報「Management Law Letter」
二〇一〇年新緑号・巻頭言に全面的に加筆補正のうえ掲載)
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